我が国におけるモータリゼーションの先駆けとなった歴史を胸に
これからの時代の安全で快適なカーライフを創造する
大正2年の創業から、日本におけるモータリゼーションの礎となる
エンパイヤ自動車株式会社の歴史は、今から110余年前の1913(大正2)年、創業者である柳田諒三が日本におけるモータリゼーションの先駆けとして、米国デトロイト市にあったエンパイヤ自動車会社から、エンパイヤ号そしてクローエルハート号という自動車を輸入したことから始まります。その後、黎明期における日本の自動車産業では、補修部品、特に電球をはじめとした電装系の部品供給が十分でなかったことから、当社は補修部品の商社として業容を拡大していきました。そして現在は、補修部品を含む自動車アフターマーケットを主な事業領域として、自動車の部品や用品を自動車部品商やホームセンターなどに卸販売する業務を行っています。
このような会社の歴史を振り返り、私たちは世界に名だたる国産自動車メーカーに先駆けて、日本のモータリゼーションの礎となってきたのだと自負しています。
車社会の安全・安心、そして快適を支えるインフラとしての使命
ビジネスの世界では、ある特定のビジネスモデルが100年続くというケースはあまり見られません。しかし、自動車産業は非常にレアなケースとして、20世紀初頭のT型フォード量産化以来100年以上にわたって、社会や人々の生活文化に入り込み溶け込んで続いています。一方で、現在の自動車産業は世界的にも100年に一度の変革期を迎えているといわれ、私たちの扱う商材もその影響を強く受けています。
こうした業界の中で、私たちエンパイヤ自動車は、「恒久不変」「日々革新」、そして「安全で快適なカーライフの創造」という企業理念を掲げています。「恒久不変」には、お取引先様との信頼関係こそが事業の基盤でありその精神は常に変わらないこと、「日々革新」には、世の中の変化への対応は絶えず新しくあり続けること、そして「安全で快適なカーライフの創造」には、車社会を支える存在であり続けようという思いが込められています。
100年に一度の変革期の中にあっても、私たちはこの企業理念の下、変化に対応しながら存続していくことが可能だと考えています。たとえ技術や形が変わっても、自動車というものが走っている以上、メンテナンスに必要な補修部品や用品などの商材は常に求められるからです。私たちは、自動車が走り続ける限り、お取引先様との信頼関係を基礎に補修部品や用品を提供していきます。それが、車社会の安全・安心、そして快適を支えるインフラのひとつであり、私たちの使命だからです。
「人」という経営資源を育み活用して、200年、300年企業を目指す
私は社長就任にあたり、3つの経営の柱を示し、社内で共有しています。1つは社会に必要とされる会社であること、2つ目は従業員が働きがいのある会社にすること、3つ目は経営資源を活用できる会社になろうというものです。3つの柱は互いに関連し合い、どれか1つが欠けても実現できないものです。なかでも私は経営資源の活用、とりわけ人材の活用に最も力を入れており、従業員の育成や処遇改善に取り組んでいます。
現在、国内には二輪も含め約8000万台の自動車が走っているといわれますが、少子高齢化により長期的には自動車の保有台数は減少傾向になると予測されています。こうした環境下であっても私たちは、事業の柱である自動車部品や用品の卸販売を今後も可能な限り拡大させ、成長を続けていきたいと考えています。そのためには、車社会に関わる新しいモノやサービスに対応し、新規事業の開拓や海外事業の拡大にも取り組んでいかなければなりません。その上で、長期的には、100年後、200年後もエンパイヤ自動車という会社が存続していくことを目指していきたいと考えています。
- 【社長略歴】
- 大学卒業後1984(昭和59)年に入社し、当時の名古屋支店(現名古屋営業所)に配属。
以来23年間にわたって名古屋で勤務した後、営業部門や本社経営企画部門等を経験し、2021年に代表取締役社長に就任。